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松江地方裁判所 昭和40年(タ)1号 判決

原告 大山花子

右訴訟代理人弁護士 原良男

被告 小脇月夫

右訴訟代理人弁護士 松永和重

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

≪証拠省略≫によれば、原告と被告とは昭和三一年九月三日正式の婚姻届出を了した夫婦で、両人間に昭和三一年八月三一日長男一郎、昭和三四年一〇月六日二男二郎がそれぞれ出生した事実ならびに昭和四〇年二月一一日付でM市長に対し右二人の子の親権者を被告とする原告と被告との協議離婚の届出がなされ、同日受理された事実が認められる。

ところで、原告は右届出による協議離婚は、原告において被告と離婚する意思がないのに被告が原告に無断で協議離婚届書を作成、届出たものであるから無効である旨主張し、被告は右離婚届出当時原告には被告と離婚する意思があり、双方合意の上協議離婚の届出をしたことに基くもので有効である旨抗争するので審按するに、≪証拠省略≫を総合すると、(一)原告は昭和三〇年五月頃、当時T電力株式会社M発電所に勤務していた被告と事実上婚姻しM市内で同棲生活を始めたが、その後被告の転勤に伴い請求原因(二)に記載のとおり住所を変えたこと、そして昭和三九年四月まで約九年間にわたる原告と被告間の夫婦仲は必ずしも円満とは云えず時たま夫婦喧嘩の末被告が原告に対し殴る蹴る等の暴行を加えたこともあったこと、(二)昭和三九年四月頃原告はM市S町にある飲食店「市屋」に手伝に行くようになったが、その頃から原告はもとS県庁に勤めていた訴外加藤某と交際を始め同人と肉体関係を結ぶようになってからは原被告の仲は一層悪くなり被告の原告に対する暴行もはげしさを増してきたこと、そして同年八月頃訴外加藤がH市へ転勤するや原告はそのあとを追うようにして同市に赴き加藤との同居生活を始め、さらに同年九月頃同人がK市に転勤するや原告も共に同市に移りそこで同棲生活をしていた同年一〇月当時においては、原告は被告と離婚する気持でおり、被告もまた原告との離婚を決意する状態に至っていたこと、(三)そして同年一一月中旬頃被告は原告との離婚届書を作成するためK市の加藤方を訪れ同人も同席する部屋で原告と会い話し合った結果、原告も正式に被告と離婚することを承諾し、被告の持参した離婚届書用紙の「届出人妻」欄に原告の住所氏名を自署して被告に渡し、被告において離婚の届出手続をすることを暗黙に承諾していたこと、(四)そこで被告は右原告の署名した離婚届書用紙の原告名下に自家に有合せの小脇なる印章を押捺し、その他の必要事項を記載した上福田トモ子、小脇一郎を証人としてそれぞれ同人らの署名捺印を得て乙第一号証の協議離婚届書を作成し、昭和四〇年二月一一日これをM市長に提出して協議離婚の届出をなし同日受理されたものであるが、右届出当時も原告は被告との離婚意思を有していたものであることを認めることができる。原告は前示離婚届書用紙に原告の署名をしたのは被告が名前だけ書け、正式に届出たりなど絶対にしないからというのでその言明を信じ又若し原告が署名を拒否すればその場でいかなる暴行を受けるやも計り知れなかったのでやむなく自署したもので、原告の本意でない旨主張し、一方また被告は前示離婚届書用紙に原告は署名したあと捺印もした旨主張するが、原被告各本人尋問の結果中右各主張にそれぞれ添う部分はいずれも措信できないし、他に以上認定を覆えすに足りる証拠はない。

以上認定の事実からすれば、本件協議離婚届出のなされた昭和四〇年二月一一日当時原告と被告間には離婚の合意が成立し、且つその離婚の届出をする意思もあったのであるが、ただ右届書の原告名下の押印は被告が原告から代印することの明確または暗黙の委任ないしは承諾を得ていないのに有合せ印を押捺したものであることが認められる。ところで書面による離婚の届出は、その当事者が署名した書面でしなければならず、届出には署名のほか押印を要することは民法第七六四条、第七三九条第二項、戸籍法第二九条等の定めるところであるけれども、右の押印については必ずしもこれを要せず、印を有しないときは署名だけで足りる(尤もこの場合には届書にその事由を記載することを要するが、右事由の記載されていない届出でも一旦受理された以上届出の効力を生ずるものと解される)のであって、このことは戸籍法施行規則第六二条の規定からも窺える。従って被告が本件協議離婚届書提出の際、原告に無断で原告の自署した名下に有合せ印を押捺したとしても、前認定のとおり右離婚届出当時原被告間に離婚の合意が成立し且つその離婚届出をなす意思があり、これに基いてその届出がなされ受理されたのであるから、前記届出による本件協議離婚は有効なものと解するのを相当とする。

よって前記届出による原告と被告との協議離婚が無効であることの確認を求める原告の本件請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 広瀬友信)

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